傷跡

【 傷跡 】

「ん……」

星子はふと目を覚ました。明るい陽射しがカーテンの隙間からベッドルームの壁を照らしている。身じろぎしようとして、しっかり抱き締められていることに気づいた。顔を少しだけ上げると、そこにあったのは宙太の寝顔。

「……」

(私のほうが宙太さんより早く起きるなんて、もしかして初めて……?)

旅先で一緒の部屋に泊まったことは数あれど、大抵いつも宙太に起こされていたような気がする。少なくともこういう関係になってから、朝の光の中で宙太の寝顔を見るのは初めてだった。ぐっすりと寝入っている宙太の顔は普段見るよりもずっとあどけない。星子は微笑ましい気持ちになってクスリと小さく笑った。そして星子はその寝顔をじっと見つめる。

目……鼻……唇……顎……耳……

そうやってパーツごとに目を動かしていって、星子は宙太のむき出しの肩に目を留める。

(あ……)

そこにあったのは比較的大きな傷跡。そこまで目立つものではないが、一度気になるとどうしてこの傷跡が付いたのか気になって仕方がなくなる。そして意識して見てみると腕にも傷跡があることに気づく。

(ここにも……)

星子は思わず手を伸ばし、その傷跡に触れる。スッとその傷跡を指先でなぞったとき、宙太が身じろぎした。

「……星子、さん……?」

「あ、ごめんなさい、起こしてしまった?」

慌てて手を引っ込めて星子は宙太の顔に目を向ける。

「おはよう、星子さん」

にこりと笑った宙太と至近距離で視線が合い、星子の胸がどきんと跳ね上がる。

「あ、……おはよう、宙太さん……」

「どうかした?」

「え、あの……」

未だに気恥ずかしさが抜けないことがそもそも恥ずかしくなって、それを悟られないように星子は肩口に見つけた傷跡に目を向ける。

「宙太さん、ここに傷があるのね」

「ん……?」

宙太が星子の視線を追い、自分の肩に目を向ける。

「ああ……」

「いつの傷?」

「ん〜……」

まだ完全には目覚めていないのか、宙太はぼんやりと記憶を辿っている様子で、その顔に星子が改めて視線を移したところで「ああ」と宙太が声を上げた。

「確かそれ、銃弾がかすった後だな」

「じゅ、銃弾!?」

「うん」

思わず大きな声を上げてしまってから、星子は長い付き合いの中で宙太が何度も傷を負ったことを思い返す。

(そうよね……宙太さんはそういう仕事しているんだもんね……)

改めて宙太が刑事という危険な仕事に就いていることに思い至り、ふっと胸が詰まる。

「これも……?」

さきほど見つけた腕の傷跡にも星子は指を伸ばす。

「うーんと、それは……たぶんナイフを避けきれなくて、少し切ったんだよな」

「そう……」

星子は気になって目に見える他の部分に傷跡がないか視線を走らせる。すると……

「きゃっ」

宙太が星子を抱きしめたまま身体を仰向けにした。星子は思わず宙太の身体の横に腕をつき上半身を起こす。

「自分ではあまり見ないからさ……どこに傷があるか、教えて?」

星子が見下ろす宙太の顔にはいたずらっ子のような笑顔が浮かんでいる。

「そ、そんなこと言ったって……」

星子はうろたえて宙太の身体の上から逃れようとしたが、しっかりと宙太に腰を掴まれてしまう。

「教えて?」

「え、あ、あの……」

(そんなこと言ったって、無理よ!!)

星子は顔を真っ赤に染めた。何しろ……二人とも何も身に着けていないのだから。暗いときならまだしも、朝の明るい陽射しが差し込む中で宙太の身体に馬乗りになっているなど……耐えられない。

「……っ」

けれど宙太は掴んだ腰を離してはくれなかった。そしてじっと星子の顔に視線を送ってくる。

「……」

星子はきゅっと唇を噛み締め、……そして、観念した。

意識して宙太の視線に目を合わさないようにして、傷跡を見つけた左肩から鎖骨を通って右肩へと目を向ける。

「ここ……」

「ん……」

「あと、……ここにも……」

「うん……」

意識して見なければ気づかない。けれど大小さまざまな傷が宙太の身体に刻まれていることに今頃気づいて、星子は胸にせり上がってくるものを感じる。星子はその衝動が伝える気持ちそのままに宙太の傷跡に唇を寄せる。

「ん……星子、さん……」

目につくひとつひとつの傷に口付けると、宙太はくすぐったそうに身じろぎした。それから星子は身体を伏せると宙太の胸にぺたりと身を預けた。

「星子さん……?」

「……私を助けようとして付いた傷もあるよね……」

「……さぁ、どうだったかな……」

とぼけるような宙太の口調に、星子はくすりと笑う。

「嘘つき……」

星子は宙太の胸の鼓動を身体で感じながら目を閉じる。

「いつも守ってくれて、ありがとう……」

小さく呟いた星子の声に応じるように、宙太は星子の身体を優しく抱きしめる。その温かさに星子は泣きたくなる。

「宙太さん……」

「ん……?」

「……急にいなくなったり、しないでね……」

「……!」

その言葉に宙太は星子を抱きしめる腕に少しだけ力を籠める。

「約束するよ……星子さんの傍から、いなくなったりしないから……」

「うん……」

こぼれそうになる涙をこらえ、星子は宙太の腕の中で再び目を閉じる。そんな星子の髪を、宙太は優しく撫でた。

「……あのさ、星子さん?」

「ん?」

宙太にそっと声を掛けられ、星子は少しだけ頭を上げる。

「僕チャン……もう限界」

「は? ……って、えっ!?」

星子を胸の上に抱きかかえたまま、ガバッと上半身を起こした宙太は、その反動のまま星子をベッドに押し倒す。

「え、やっ、ちょっと待って……!」

「だーめ、待たないっ」

「あっ……ん……」

宙太は星子の首筋に唇を押し当てる。

「や……宙太さん……」

宙太の熱に巻き込まれそうになって、星子は宙太の胸に手を当て身体を離そうとするものの、宙太の腕がそれを許さない。

「……星子さんが煽るから……」

「え……?」

宙太が星子の目の前に顔を寄せ、じっと星子の瞳を捉える。少し潤んで紅く縁どられた宙太の瞳が色っぽく見えて、星子は宙太の胸に当てていた手をきゅっと結んだ。

「責任、取って……?」

「……んっ……」

言葉とともに深く口付けられて、星子の全身から力が抜ける。……そして星子は腕を伸ばすと、宙太の首へとその腕を絡めた。

おわり

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